旧車カタログコレクション

さっぱり元気がなくなってしまった自動車産業。環境・経済性を踏まえた新時代の自動車産業が繁栄することを切に願う車好きオヤジのブログです。



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旧車・日産・セドリック(Y32型) 

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 1991年に日産から発売された8代目セドリック(Y32型)です。この代からセダンタイプは切り離され、3ナンバーサイズで専用設計されたハードトップのみのラインナップとなりました。この型のセドリックも既に生産終了から15年以上経っているため、現在見かけるY32型セドリックはほとんどがキラキラインチアップホイール&濃いスモークフィルムの“VIP仕様”ばかりになってきましたね。
 さて、このY32型セドリック、バブル期に開発されただけあって豪華絢爛仕様のクルマとなっています。お仏壇のようなフロントグリルは当然のこととして、内装も実に凝っており、“トータルコーディネート室内照明”なるもので、“お乗りになった瞬間から、クルマをお降りになる時、5タイプのシーンを想定し、その時々での理想の照明システムを追及”したそうです。なんでも21か所の照明ユニットをマイコンできめ細かく制御しているとのこと。個人的にはまったく不要なシステムだと思いますが、バブル期に開発されたクルマって面白い発想の仕組みが装備されていますね。
 面白い仕組みといえば、このセドリックのオーディオシステムにはAM/FMだけでなく、短波放送まで受信できる電子チューナーが付いたモデルもあります。
 Y32型セドリックが発売され、世に出たのは1991年ですが、当然開発・設計はそれよりも前の時期になります。1989年の終わりには日経平均株価が38000円台だったように、おそらくセドリックの設計段階では日々上昇する株価を短波ラジオで運転中も確認できるようにとの意図があったのかもしれませんね。
 しかしながら株価はこの時の38000円台をピークに下がり続け、失われた10年、失われた20年と後に呼ばれることとなる停滞期に突入することになります。
 もしかしたら、セドリックの短波ラジオで日々下がり続ける株価を聞いていたらお先真っ暗になり、これではいけないと“トータルコーディネート室内照明”の効果で気分転換した後は、短波ラジオのもうひとつの定番である競馬放送をチェック。すっかり目減りした財産を少しでも回復させようと臨んだ大勝負でしたが、見事にスッカラカンに。“さらに進化したマルチAVシステム”で富士の樹海の場所を確認し、“最新のハンドフリー自動車電話”で家族に別れを告げてから、最後のドライブを敢行された方もおられるかもしれませんね。

セドリック・ブロアムVIP(Y32型)
全長×全幅×全高 : 4780×1745×1390mm
ホイールベース : 2760mm
車両重量 : 1680kg
エンジン : V6DOHCツインカムターボ 2960cc 255PS

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[ 2010/09/06 16:42 ] 1990年代日産 | TB(0) | CM(4)
色んなギミック装備が付いていてある意味面白いところがありましたね。私はこの車は当時140型クラウンがあのようなスタイルで失敗していたのでスタイルが結構好きでしたお尻が少し下がってテールランプが小さいデザインはどこかイギリスのジ○ガーに似た印象でした。ギミック装備では今のフーガにあるアナログ時計、手元で解除できるイージーパーキングリリース、デュアルモードマフラー、インパネ下の格納式スイッチボックスなどがありますね。ちなみにグランツーリスモアルテイマには初代シーマに積まれていたVG30DETが初めて搭載されましたね
[ 2010/09/08 08:30 ] [ 編集 ]
ESTIMA X様

コメント、ありがとうございます。
このあたりから、下降する日本経済とは正反対に高級車の大型化・大排気量化・高価格化がどんどん進んでいったところが面白いですね。
Y32型セドリック、多すぎるギミック装備を解説するためにカタログが50ページ程もあります。おそらく廃車まで一度も使われることがなかった装備も多かったことでしょうね。
[ 2010/09/08 15:05 ] [ 編集 ]
日本経済が上昇の一途を辿り、株価グラフも急勾配で上昇していた時代は、日本ではまだ5ナンバー枠があり、その末期だったというのが皮肉ですね。
お陰で我が国では2.0Lのツインカムターボが花盛りで、当然日産も例外足りえず、Y31セドリックにセラミックターボを、R32スカイラインに進化したボール式セラミックターボを搭載してパワー競争の最先端を行っていたことを今もリアルタイムで憶えております。
これらハイパワー5ナンバー群は1990年代以来今日にかけて2.5L自然吸気に進化していったことは明白ですが、全体としてみればバブル真っ盛りに開発~最終試作/走行テストを繰り返していた車両がいざ市場化される頃にはバブルが崩壊し、失われた10年に食い込んでいたというのはどこか思わせぶりだと思います。
我が家でも「我が家初の3ナンバー車」としてメルセデス・ベンツ260E(W124)を購入したのは1992年3月、既に日経の株価は値下がりの下降局面に入っておりました。そしてそんな260Eを買い換えずに実に16年7ヶ月!!も保有し続け、2008年10月に後釜たるレクサスIS350を購入した時期には一時的にあったプチバブルも弾け、リーマンショックによる経済恐慌が始まる前夜だった.....という辺り、「失われた10年」バブル崩壊とその後の顛末がオーバーラップする感があり、何かと感慨深いです。
ともあれ、2004年製ヴィッツ1300U-L(約80000km走行)で経済的かつ軽快に走ろう、いたずらに背伸びして大排気量・大パワーを追求するより、等身大の水準こそが暮らしに即して楽しみを与えるからには、小排気量ライフでまったり生きようというものです(当のレクサスは名義等の関係から父親に委ねて、というわけ)。
[ 2010/09/11 01:17 ] [ 編集 ]
真鍋清様

コメント、ありがとうございます。
『いつかはクラウンに』というキャッチフレーズとともに、5ナンバーフルサイズ・2リッターのクラウンが最高級車だという価値観を長年にわたって持ち続けてきた世代には、シーマ現象以降の高級セダンの在り方に少々違和感が感じられてしまいます。
セドリックの後継である現行のフーガ、クルマとしてはきっとすばらしいのだと思うのですが、あんな大きなクルマ、狭い道が多い田舎の集落では立ち往生してしまい、まともに走ることができません。
国内におけるセダン不振は、大きくなりすぎたことが原因のひとつなのかもしれませんね。
[ 2010/09/11 10:34 ] [ 編集 ]
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Author:kurumamaniacs
「未曾有の大不況が自動車業界を直撃!このままでは日本からカッコいいクルマがなくなってしまう!そしたらクルマが趣味の私は趣味がなくなってしまう!」と危惧している車好き中年オヤジです。
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